Dum fata sinunt vivite laeti.

 多分追えば今度こそ命がなくなるということに気付いたからかもしれない。

 ぽつぽつと、雨が降り始めていた。

 部屋に戻ってもフォーチューンの姿は無く、机の上に買い物に行くという旨の事を書いたメモが無造作に置いてあった。ぺらぺらと紙を揺らしながらジェイドはその紙の行方を暫く考えあぐねていたようだったが、小さく息を吐いてそれをゴミ箱に投げ捨てた。若い男女が同棲していて、それらしい物も一揃い備わっているにも関わらず生活感が薄いこの部屋で、人間の生活には欠かせないものであるはずのそれは却って浮き上がっているようだった。
 ピンポン、と軽いチャイムの音がする。相手が誰だか判っているので特に躊躇いもせずドアを開くと、先ず目の前に見えたのは紙袋だ。
「……そんなに降られなかったんだね。」
 ジェイドの第一声はそれだった。無造作にまとめた長い金髪を揺らし、フォーチューンが小首を傾げると、絹糸のような細い髪がその頬に解れかかった。
「まさか、降るとは思わなくって…傘が無かったから焦ったわ。本当に天気予報って当てにならないのね。これで騙されたのは三回目よ。」
 巨大ではあっても実際は全て建造物の中である∑では、雨が降るとしてもそれは全て計画されたものであって決して予報が外れるなどということは無かった。苦笑しながらジェイドは、本格的に降りだした外を眺める。
 強くなってきた雨が叩きつける窓は、黒っぽい筋で覆われかけていた。汚れた雨。汚染されきった空から降り注ぐ水は、まるで汚されきった大気が吐き出した恨みつらみのようにも思えた。戦前から生きていた訳では無いので本当の雨というものを見たことは無かったが、∑で供給されていたあの無色の雨とは明らかに異なるということしかジェイドには判らなかった。
 まだ一度も実物を目にしたことは無いが、冬に降る雪は黒いらしい。

 それまで自分達は此処に居られるのだろうか。